世界遺産モザイクア−ト

平成27年7月5日、わが国から推薦していた「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」が、ドイツのボンで開催されている「第39回 世界遺産委員会」において世界文化遺産に登録されることが決定しました。 23構成資産の内、8資産が長崎に現存しています。

去る12月6日(日)グラバー園にて「世界遺産モザイクアート〜みんなの笑顔でアートを描こう〜」を開催致しました。
地域活性化に大きく貢献することができる「明治日本の産業革命遺産」を長崎の新たな魅力の一つとして広く発信していくために、一人ひとりの世界遺産や長崎に対する想いを記入していただき、写真を撮影後「世界遺産モザイクア−ト」を作成致しました。

完成した「世界遺産モザイクア−ト」は長崎市役所本館1階に展示しております。
また、画像イメ−ジは本ペ−ジ及びグラバー園Webサイトにて閲覧することができます。

高島炭坑(北渓井坑跡)

グラバ−が1869年、蒸気船の燃料炭の需要に着眼し、佐賀藩と共同で、高島炭坑を開発した。
北渓井坑跡(ほっけいせいこうあと)は日本最初の蒸気機関を導入した竪坑(たてこう)で、日本の炭坑近代化の先駆けとなった。

占勝閣

三菱合資会社時代の1904年に竣工した迎賓館。第三船渠を見下ろす丘上に建設された本木造二階建て洋館。
1905年、軍艦「千代田」艦長の東伏見宮依仁親王殿下が宿泊された後に「風光景勝を占める」という意味で占勝閣と命名されました。

三菱長崎造船所 旧木型場

三菱合資会社時代の1898年に竣工した木型製作工場。鋳物製品の需要拡大に対応して建設され、鋳物製造のための木型を製作した。主な構造は現在も当時のままである。

三菱長崎造船所 第三船渠

三菱合資会社時代の1905年に竣工した乾船渠(ドライドック)。入り江の地形を利用し、背後の崖を切り崩し、前面の海を埋め立て建設された。
この第三船渠は、竣工から100年以上経った今でも乾船渠の機能を維持している現役の稼働施設です。

小菅修船場跡

小菅修船場跡は、明治元年12月(1868年1月)に竣工した日本初の蒸気機関を動力とする船の修理を行う船台です。

旧グラバ−住宅

旧グラバ−住宅は、スコットランド出身の貿易商ト−マス・ブレ−ク・グラバ−の活動拠点。
グラバ−は小菅修船場や高島炭坑の建設、事業化に協力し、後に三菱合資会社の経営にもアドバイスを与え、石炭・造船など、当時の日本の主要産業の近代化に貢献した。

ジャイアント・カンチレバ−クレ−ン

三菱合資会社時代の1909年に竣工した電動クレ−ン。造船所の工場設備電化に伴い、同型としては日本で初めて建設された。
電気モ−タ−で駆動される当時最新のクレ−ン。現在も大型製品を出荷する際に活躍する現役の施設です。そのため非公開施設ですが、対岸からはその勇壮な姿を見ることができます。

端島炭坑

端島炭坑は、高島炭坑の技術を引き継ぎ、発展させ、炭鉱の島として開発された。
1890年三菱の所有となり、電化に伴い、明治後期の高島炭鉱(高島、端島による海底炭坑)の主力坑として、国内外の石炭需要を賄った。
1960年のピーク時には東西160m,南北480mの島に約5,300人が居住し生産活動を支えた。

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